2011年02月02日

長友

早くも有名なコピペ。86年9月生まれと言うことで、1コ上の人がこんななんてすごい。

■サッカー版今太閤 長友スゴロク■

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中学時代 ユースチームの入団試験で、平凡な選手と判断され、不合格。イジケてゲームセンター三昧

高校時代 無名のままに終わり、明大のスポ薦に落ちる 

2005 高校3年間の学業成績による指定校推薦で明大入学

2005 明大サッカー部でレギュラーになれず、その後病気でサッカーできずイジケてパチンコ三昧

2005 サッカーの代わりに応援団をやる 卒業後はサラリーマンになることを決める

2006 大学2年 明大監督が長友のフィジカルの強さに驚き、ポジションをサイドバックに変更したとたん確変

2007 大学3年 FC東京と明大の練習試合で、FC東京FWに完勝し、これを見たFC東京がスカウトしFC東京特別指定選手として招かれJリーグデビュー

2008 大学4年 FC東京加入。いきなり超人フッキに完勝し周りを唖然とさせる 五輪代表へ。

2009 A代表定着

2010 W杯に出場 欧州関係者から世界最高レベルのサイドバックと評価される

2010 セリエA移籍

2010 日本−アルゼンチン戦で、世界一のメッシに完勝 欧州リーグ首脳も唖然とする

2010 競争の激しいセリエAのチェゼーナで、ただひとり全試合にスタメン出場

2011 アジアカップで日本優勝の実質的MVP獲得

2011 世界王者インテルに移籍


長友佑都」 (Wikipedia)

明治大学入学直後に椎間板ヘルニアを発症し、試合に出場できずスタンドで応援する日々が続いた。長友の叩く応援太鼓はスタンドの話題となり、鹿島アントラーズのサポーター集団IN.FIGHTから勧誘を受けるほどだった。サッカーができないストレスでパチンコなど遊興に溺れた日々もあったが、実姉や大学の同窓生の叱咤激励もあってこれを乗り越えることができたと語っている。

大学卒業を待たずしてプロに進むことを決意し、2008年に大学には在学したままサッカー部を退部しFC東京と正式契約を結んだ。大学を1年残して退部しFC東京とのプロ契約を決断した理由の一つに、「女手一人で自分を含む3兄弟を育てる母に経済的に早く楽をさせたかった」事を挙げている。また、同様の理由から一流企業への就職を目指し就職活動の準備もしていた。
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posted by shohei at 11:29| Comment(0) | other sports | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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